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椿は室町・桃山時代に盛んになった茶道、花道とともに大きな流行をみるようになった。特に茶道では、炉の花として、椿を使う例が江戸初期から増え始め、現在では椿が「茶の湯の花」の主役として、茶道とは切り離せない花になっている。
千利休は蒲生氏郷、前田利長、細川三斎を「花入来、只今待候程ニ」と茶会に招いた。ところがどこにも花入がない。困惑した三人に、利休は茶室の軒下の塵穴を示した。そこには椿の花が数輪、竹箸とともに置かれていた。塵穴を花入に見立てた利休の創意であった。
千宗旦も椿を愛したひとり。ある寺院の住職が宗旦のもとへ見事に咲いた椿を持たせた。使いの小僧は途中で、花の首をポトリと落としてしまった。花を拾い上げた小僧は身も細る思いで、宗旦に事実を告げた。小僧の気持をくんだ宗旦は、花を茶室の畳にじかに飾り、小僧に茶一服を進じ小僧の正直さに報いた。 |
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